文化的景観という概念をめぐって【五島/渡邉】
五島プロジェクトでは、「その3:研究活動」も盛んにおこなわれています。
そのひとつとして、1月9日に「九州の離島における地域連携による文化的景観の保全・継承」というタイトルでシンポジウムが開催されました。
文化的景観の調査や教会の建設・維持に関わる研究者たちが集まり、それぞれの事例の中で得た成果や感じている問題意識を持ち寄り、討議する場となりました。
議論は、文化的景観の価値評価や維持の方法論にとどまらず、「文化的景観の意義」を問う内容が中心となりました。
ともすれば、文化的景観の議論は、「昔がいいから昔に戻そう」とか「田舎は素晴らしい、絶対守りたい」みたいなところに陥ってしまう可能性があります。だけど、「景観が美しいから」という理由で人の暮らしを制約するようなことはあってはならないと思います。「地域が生きていくために景観を維持したい、だから暮らし方も維持していかなければ」という論理は成立するように思いますが。考え出したらキリがないです。
「専門家ができることは何か」という議論の最後に、大阪大学の小浦先生が「地域のシステムを理解し、地域ごとの選択を提示すること」とおっしゃっていました。
田舎は本当に情報がないところが多い(田舎がだめ、ということではありません。私も田舎で生まれ育ったから、よくわかる。情報が本当に入ってこないんです。)。今までまちづくりに取り組んだことがない地域では特にそうです。情報がないから、その地域がどのように生きていくか、みんなでこれから頑張ろうとするか、についての判断を正確にできない。一方、専門家は地域の生き方の判断を一人でしてはいけないし、することはできない。
だから、「その地域の昔からのシステム(生き方)を理解し、その地域の現状を冷静に見つめた上で、今後その地域がとりうる選択肢を提示する」ということが、専門家の役目ではないかというご発言でした。
地域のことを真摯に想う専門家たちの真剣な議論の場に居合わせることができたことを幸運に思いました。
文化的景観をめぐる議論や実践は、今後多くの成功や失敗を生み、様々な試行錯誤の中で成熟していくのだと思います。私もその過程の中に、何かの形で関与していきたい、と改めて思う1日となりました。